雑記

【雑記】2019年 死を意識し、死ぬ気で生きることを学んだ

2019年最後の記事になります。

当ブログ、元バンドマンのギター人生も2年経ちました。

さて、タイトル通りなんですが

今日は今年1番大きかった体験を書きます。

人生の目標

元々、僕にとってというのは

人生の最終目標でもあります。

生きてる最後に死があるのではなく、生きている中で死がある、という考えです。

その中で死を本気で意識しました。

今生きてるのは当たり前ではない

命あって当たり前とかではない、今生活出来てるのも当たり前ではない。

そんなんは一瞬で崩れ去る可能性だってありえる。

運もあったり縁もあって今を生きることができている。

生まれたくて出てきたわけじゃない

生んだのは親です、親に感謝すべきだとか言うけど僕はそう思えたのは本当につい最近です。

早く人生終わらないかなと考えたことも何度もありました。

妥協をし続けていた人生

色んなことを妥協したし諦めてきた。

人の意見にも合わせたり、迎合もした。

俗に言う良い人であるが故に安売りっていう状態にありナメられ人生でもある。

そうしてきた自分が凄く嫌でそんな人生にも疲れてしまいバンドを辞めるという選択をした

もう死んでもいいんじゃないか?

本気でそう思いました。

この人生、何のためにあるんや?

今までもロクなことなかった…もうやってられんと

かなり疲れてしまいました。

本気で死を意識した時

本気で死を考えたことありますか?

僕はどうやって死ぬかを真剣に考えたんですが、死を本気で意識した時。

一時的に死にリンクしました。

わかりにくいかもしへませんが、死を脳内で体感したと捉えてください。

自分でも初めての経験でした。

悟る生き方というのかな。

その時の心情

もうね、とんでもなく負に満ち溢れていました(笑)

人に感謝とかじゃなく怒りとか悲しみとか入り混じったような状態。

どんだけストレス抱えてるねんてか(笑)

誰かに感謝とか、生きてきた喜びとかあるはずやのに皆無でした。

怒りに満ち溢れて死んでいくのか…って体感するとどうでしょう?

死ぬ気で生きる時

極端なこと言うといつ死んでも良い

明日死んだって構わない。

凝り固まっていた面倒な物も取っ払えたし、今までやりたかったことへの恐怖心が一気に消えました。

先のことはそれなりに考えておいて

今ももっと大切にしていこうと思えました。

今の世の中、技術の発達も凄い状態です。

これから先もドンドン変わるだろう。

引っ込み気味でしたが、それも少しずつでも取っ払っていきます。

自分を貫き通すことの弊害

今まで妥協して折れたりとかして生きてきました。

そこを折れずに自分の意見を通してやるとか云々になるとそれなりに害もあるだろう。

死ぬ気で生きるとなれば忖度なんてしてられませんよ。

今後もっとやりたいこともやっていきたい

『こうしないといけない』ってのを少しずつ消していきたい。

いや、消さないといけないか…

僕自身が疲れ果てない為にも、いい意味で力を抜くことも覚えていかないとダメ。

結果的に自分が潰れたら意味がありません。

自分を安売りもしないし、相手の為に折れてやるとかそんな馬鹿げたこともやっていきません。

自分勝手と言われるかもしれませんが、今まで妥協、折れるの連続だったわけでもうこれ以上は辞めます。

自分が折れれば治るという考えは捨てるようになって生きるのも楽になったし。

死ぬ気で生きる時こそ、行きている実感を得られるように感じます。

2020年も更に頑張ります

もうすぐ30歳になります。

4年半ぶりのライブも控えてます。

自分のギター含め個人的な活動も今後更に頑張っていきます。