考え方

【考え方】死を意識して1年が経った、ナメられ人間の行き着いた場所

1年前に自分にとって凄く嫌なことがありました。

今も解決したわけではないけど、なんとかやり過ごしてる。

その時はもう怒り狂ってました。

「コイツらナメやがって!」という反逆精神です。

その頃から開き直りっていうか、なんかもうどうでもいいや、くらいな気持ちも常にあります。

変わらぬナメられ人生

1年前はもう単純に人生が嫌になりました。

もちろん、その出来事だけではない。

それまでの自分の中に抑えて仕舞い込んできた気持ち、嫌なこと〜理不尽なことも色々込み上げてきた。

もう楽に生きたいわ…それが無理ならもう

消えてしまいたい、死んでしまいたいとまで思いました。

嫌なことばかりが増しすぎた。

なんで俺だけ…みたいなね。

(クリリンみたいな)

死を意識して生きる

その頃に死にリンクしたというか、死際が何か浮かんだんですよ。

三途の川を渡ろうとしたわけでないです。自分の死際の気持ちというもの。

それはもう

『怒りに満ちていた』ということ。

楽しいこととか、そんなんもない、ただ怒りに満ちていました。

それならもうね

今日が最後だとしても良い、もう悔いは無い、明日には終わる可能性もある人生なんだ!

それくらいの気持ちです。

言い方が悪いのは承知の上ですが

今の僕は生きるか死ぬとか大した問題ではないです。

もちろん明日さえもわからない状況にある人からすれば、「普通に生活してることにありがたみを感じろ」と思うだろうしこういう発言は非常に不愉快でしょう。

ただ僕は1年前からもういつ死んでも構わないと思って生きてるのは事実です。

このままナメられ続ける人生なら

生きたいように生きてやろうじゃないの!

それでいいじゃないか!

誰がなんと言おうと味方とか、そんな面倒な人間関係とかいらん。

そう振り切りたいと思っている数ヶ月経った頃のこと邪魔者が出てきました。

邪魔者は自分自身

会社員として働いてる以上、色んな面で我慢を強いられている自分です。ただその我慢の原因ってのは自分にあるなと思い始めました。

一度きりの人生を何とかして我慢させたりしてるのって結局は自分なわけでして(笑)

そりゃそうです。

会社員やってると色々あります。

会社員であることのメリットももちろんある!(社会的信用という面ではね)

その代わり

  • 周りに合わせておく
  • 変に飛び抜けない
  • 上との関係を大切に

というような、人間関係が重視されるのが日本という場所というか風潮なわけ。

どれだけ自分を貫けるか?それがこれからの生き方

今の時期はコロナ含めて色々あるけど、変化に対応出来る様に柔軟に対応していかないといけませんね。

どれだけ非難を浴びようとも文句を言われようとも、本当に強くなければ周りに流されていくだけの人生になる。

自分にはまだまだだ…

少なくとも自分にとって

好きか嫌いかで判断していきたいとは常々考えてます。